【第5回】みんなで助かる社会へ 今いる場所で一歩踏み出す

「会員インタビュー」連載第5回目のゲストは、仙台市で防災士、SBLとして活動されている若生彩さんです。
若生さんは東日本大震災後、防災の取り組みを始め、昨年春まで「せんだい女性防災リーダーネットワーク」の代表として活動、現在はNPO法人防災士会みやぎの副理事長を務められています。
今回のインタビューでは、様々な場面で築いてこられた「ネットワーク」のこと、現在までのご活動、思いなど、お話を伺いました。

なお、今回は、新型コロナウイルス感染対策でマスクを着用してインタビューを実施しています。ご理解のほど、よろしくお願いいたします。

《この記事は約8分で読めます。》

若生 彩(わこう あや)

宮城県仙台市出身・在住
東日本大震災後、「女性のための防災リーダー養成講座」を受講した仲間と「せんだい女性防災リーダーネットワーク」を立ち上げる。特定非営利活動法人防災士会みやぎ副理事長、仙台市地域防災リーダー(SBL)、宮城県防 災指導員、仙台市社会学級研究会役員、ちょっとお茶っこサロン役員、Wakka 地域夢つなぐ実行委員会、荒町連 合町内会避難所運営委員会等、様々な活動を行う。

新しい環境でつながりをつくる

 若生さんは、東日本大震災以前は、旦那さんの転勤で色々な町に住まれていたんですよね。環境が変わるのは大変でしたか?

若生さん) 引っ越し先で、生活を回していくことの大変さはありました。例えば「子どもの長靴を買いたいけど、どこに行ったら手に入るか?」とか、「病院のこと」とか、ちょっとした情報を聞ける人がいるとすごく助かる。ネットワークがあるとありがたいな、と思いました。

 情報は大事ですね。その頃に、防災の活動を始められたのですか?

若生さん) いえ、当時は防災に特化していなくて、色々なことをしていました。ネットワークを得るために、幼稚園の手芸サークル、ゴスペルサークルとか、子どもたちのお誕生会の準備とか、とにかく面白かったので全部入っちゃったりして。

 すごい、タフですね!

若生さん) でもそういうつながりを作っておくと、何かあった時に、親戚とか親がいない環境でも助け合えるんですよ、友だち同士で。なので横浜にいるときには PTA に参加したり、名古屋でも幼稚園のサークルに入ったりしていました。
仙台に戻ってきてからは、小学校の「社会学級」に参加しました。学区内に住む成人なら誰でも参加できる仕組みです。

 大学の一般公講座みたいなものでしょうか?

若生さん) 大きく違うのは、参加者が学びたい講座を、自分たちで企画・運営するという点ですね。講師を誰にするか、どんな講座をするか、自由にできる。悩んだ時は校長先生に相談したり、社会学級研究会を通してほかの学級の事例を聞くこともできます。

 そんな良い制度があるんですね。

若生さん) はい。仙台市内には119の社会学級があるんですが、それらをまとめる研究会の副会長をやらせていただいています。

 そんなにたくさんあるんですね!若生さん自身が一参加者として、また役員として、地域とのつながりづくりに取り組んでこられたのですね。

若生さん) 地域の人とお友だちになりたいというのが入口でしたから、転入してきた人には「何でも聞いて!」と、ついつい”お節介おばちゃん”になっています。

 不安な気持ちがわかるからこそですね。

 

3.11後、地域ぐるみで見守り活動

 仙台に戻ってこられたのは、東日本大震災の前ですか?

若生さん) はい。震災の前の年に戻ってきて、まず社会学級に入って、その後PTAに入りました。2011年の2月に健全育成委員の役員決めがあったんですが、委員長がなかなか決まらなくて。「誰かやらないかな・・・」みたいな感じでみんな下を向いているんですね(笑)

 よく聞く話です(笑)

若生さん) これは決まらないと帰れないぞと。私は転入して1年目で地域のことはよくわからなかったのですが、地域に詳しい人3人に副委員長になっていただくことを提案して、お引き受けしました。

 戻って結構すぐに「健全育成委員長」になられたのですね。

若生さん) その年の3月11日に大震災がありました。健全育成委員ですから、まずは地域の子どもたちの安全を確保しなければいけない。学校が再開してからは毎朝、校長先生と手分けして、学区内の通学路を回りました。

 毎朝!子どもたちの通学路も、いくつもありますよね。

若生さん) 建物が壊れて通学路が狭まっていたり、道路が陥没しているところもあって、日々状況が変わりました。自転車がものすごく増えて事故も多発していたし、工事用のトラックも多くて。例年通りの見守りでは「足りないよね」と先生と話していました。ちょうど区の境目のエリアで、警察や役所へ相談する時も複数の区を回らないといけない。
とにかく、自分たちでできることをやろう!と校長先生と相談して、父兄、老人会、先生たちに協力していただき、毎朝の見守りができるようにシフトを組みました。素敵な町でしょう。

 地域みんなで協力して子どもたちの見守り活動をされていたのですね。

 

防犯から防災、さらにネットワークへ

若生さん) そんな中、社会学級の当時の運営委員長が「女性のための防災リーダー養成講座」に誘ってくれたんです。
子どもの安全を守るためには「防犯」も「防災」もどちらも大切なことだと思い、参加したのですが、それまで防災のことをほとんど知らなかったことに気づきました。地震のメカニズムや、災害が起きた時にどうするのか、それを知らないで委員長をやっていたんだなと。

 見守りの経験が一つの核となって、「子どもを守るためには防災の知識もないと!」とつながっていったのですね。

この日は、防災士会みやぎが活動の拠点にしている「みやぎNPOプラザ」でお話を伺った。今回は、共同代表の藤間がインタビュアーを務める。

若生さん) その後、養成講座を受けた人たちで「ネットワークを作りませんか」ということになったんです。海の近くに住んでいた人もいれば、山の近く、川の近くという人もいる中で、知り合い同士、何かあった時にお互いに助け合うことができたら、心強いなと思って。

 確かに、そうですね。

若生さん) 何かあった時に、初対面でいきなり行って手伝おうというのは難しいことだと思うんです。災害のボランティアも、よくわかっている人じゃないとコーディネートできないところがあるでしょう。
今は学習サポーター、社会学級生として小学校に関わりながら、避難所運営委員会に参加しています。昨年の大雨の時も避難所運営をしていました。

 地域に根付いた活動と、そのネットワークを大事にされていることがよく分かります。

活動写真を見せていただいた。若生さんの活動は、防災士、SBL、女性防災リーダー、社会学級…などなど、非常に多岐にわたる。

 

難しい状況でも発信を続ける

 今はコロナで活動が制限されていますが、どのように活動されていますか?

若生さん) 防災士会みやぎでは、宮城県や各自治体など、ご依頼いただいた地域での防災講習などを、感染防止対策をとりながら実施しています。
SBLの仲間とは、仙台市生涯学習支援センター主催の「学びのまち 仙台市民カレッジ」内、市民企画講座の「防災・減災講座」を行うための準備中です。今年で企画員4年目になります。

社会学級の方では7月に合同ブロック会がありましたし、「ちょっとお茶っこサロン」も換気、時間短縮するなど、状況を見ながら、相談しながら、開催しています。行く/行かないは自由ですし、参加したいと思っている人に機会が開かれていないのもどうかなと。何をしているのか、どんなサポートが受けられるかなども、広報しないと始まらないので。ネットやSNSも活用しています。

 確かに、知る機会がなければ何も始まりませんし、来る/来ないは個人の自由ですものね。

若生さん) はい。来た人にメリットがあることが大事だと思っています。

 

日常の中で自然と身につく「防災」

 今年もこれからの時期、大雨による災害が危惧され、感染症対策をしながらの避難所運営についても各所で議論されてます。若生さんご自身、防災において「これが大事」と感じているポイントはどんなことでしょうか?

若生さん) 気象災害に関しては、今は予測もかなり正確になってきているので、避難情報は報道を通じて事前にキャッチできると思います。ある地区で、女性向けにビニール袋やブルーシートを使った水嚢の作り方などの講座をしたのですが、最後に「台風や大雨の情報が出たら、ここ(=ハザードマップの浸水するエリア)にいてはいけない。避難所に限らず、安全な場所へ、早めの避難が大事」だとお話ししました。

若生さん) 私がお伝えしたことで、もしかしたら、周りにいる人が、命の危険を避けられるかもしれない。防災井戸端会議、みたいな感じで、雑談の中で自然と耳年増になっていくというか。まず、”おばちゃん”の立場で、「自分もやるから一緒にやろう」と言って引き込めたらと。

 生活の中でいつの間にか身につくような。

若生さん) あの人あんなこと言ってたな、みたいな感じで、いつの間にか自分や家族を守れる術が身についていればいいなと思います。
「若生さん、そんなこと知ってるから!」と言われるのが、あるべき姿だと思っています。

 

「知ってたら・・・」をなくす

若生さん) 自分が住んでいる場所の危険をよく知っておく、ハザードマップを見ることは大事です。地震に関しては、直下型地震もある。家の耐震基準を満たすとか、家具に囲まれた部屋で寝るのを避けるとか、非常持ち出し袋にお薬手帳と今なら体温計もとか、「言われてみればそうだ」と思いますよね。

 当たり前、というか、肩肘張らずに浸透するようなイメージですね。

若生さん) そうですね。備蓄品も防災のためだけにお金を使うのじゃなくて、日常で備えているものを、工夫次第で使いまわせたりする。その手段はいくつ知っていても良いと思うんです。

その場にあるもの、持っているもので即席の照明をつくる若生さん。

 「知ってたらやったのに」というのは、すごくもったいないですよね。

若生さん) そうですね。

 「知ってたらやらなかった」も含めて、災害が起こってからそう思うのは、もったいないことです。日常の中で、そういう情報にアクセスできる機会がたくさんあると良いですよね。

 

みんなで助かるために

 ところで、若生さんの活動の原動力はどこにあるのでしょうか?

若生さん) あれだけの災害があって、あれだけたくさんの人が亡くなりました。災害の多い場所に住んでいると知ってしまったからには、何もしないのは無責任かなと。災害によって、大切な命をなくすことのない世の中にできたら良いなと思っています。

 今、少し動きを取りにくい時期ですが、今後のビジョンはありますか?

若生さん) 大きなビジョンがあるわけではないですが、防災は「やって当たり前」になればいい。周りにいる人との関りを大事に、自分ができることを、肩肘張らずにできればいいなと思います。

 若生さんにとって、「ネットワーク」を組んでみんなで活動することの魅力は何ですか?

若生さん) みんながそれぞれの「10年」を抱えていると思います。この10年の間に、災害に関する予測やハード整備が格段に充実してきたのは「みんなで助かりたい」という思いがあるからですよね。そういう思いや情報をサッと渡せる、広げられるのがネットワークの魅力だと思っています。

 最後に、3.11メモリアルネットワークの会員の方々へメッセージをお願いします。

若生さん) 今は、災害が起こっても、県をまたいでの助け合いが難しい状況ですよね。ということは、地域の力が問われているのかな、と思うんです。自分に何ができるか分からないと悶々とするのであれば、まずは投げかけること。お隣に声をかけるのも一つの働きかけですし、一歩動かないと。

「三密」を避けるということが言われていますが、何かあった時、人の命を奪うものって他にもたくさんありますよね。コロナだけにとらわれ過ぎず、「正しく恐れる」ことが大事だと思っています。
なので、正しい情報をキャッチして、正しく動く。そして仲間はいたほうがいい。皆さんの活動に、私もたくさん力をもらっています。

 若生さん、本日はありがとうございました!

 

インタビュー後記

「みやぎNPOプラザ」の前で。 ※屋外で写真を撮る時のみマスクを外しています。

私は、初めてのインタビュアーということもあり、実は、当日はとても緊張しながら仙台に向かいました。
しかし、若生さんの、柔らかな考え方や人を巻き込む雰囲気と魅力に、良い意味で私自身も巻き込まれ、最後はインタビュアーというより、憧れをもってお話を聞いている状態でした。

お話しの中で、小学校のPTAで健全育成委員長を引き受ける際、「地域に詳しい人3人に副委員長になっていただいて」というくだりがありましたが、3人の方はきっとこの雰囲気に包まれて、いつのまにか副委員長を引受けていたのではないでしょうか。

インタビュー中に写真を見せていただきながら、若生さんの驚くほどの活動量に、ついつい「お休みはあるんですか?」と聞いてしまいました。
「知っていたらやっていたのに」をなくしたい、という若生さんの思いが、活動量に現れているんだと実感しました。

この写真は、なんと、若生さんから頂いたお土産です。
インタビュー終了後、このグッズを使ったワークショップが、流れるように始まったんです!
初めて知る使い方を教えていただいことも嬉しかったのですが、若生さんの「面白いでしょ!」という、楽しんで教えてくださる雰囲気に感激していました。

インタビューは終了後、私はひそかに心の中で「この仕事は”役得”だ」とつぶやいていました。

※屋外で写真を撮る時のみマスクを外しています。

 
次回は岩手県宮古市で活動されている方のインタビューです。
この時も、やっぱり”役得”でした。
お楽しみに。

 

インタビューアー / 藤間 千尋(ふじま ちひろ)

3.11メモリアルネットワーク 共同代表。
神奈川県横浜市出身で、3.11当時は海から約100mのみなとみらいの職場で仕事をしていた。
2011年のGWにボランティアで石巻市に来たことをきっかけに、同年10月に移住し、その後仕事で語り部プログラムの調整担当に。
趣味は読書、ドキュメンタリー映画やEテレの番組を観ること。