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◆定例「311被災地視察研修」の8月研修を実施しました/15都道府県から教職員36名が参加し学校被災の知見と教訓学ぶ

全国の教職員を対象に、東日本大震災の学校被災の知見と教訓を学ぶ「311被災地視察研修」を2026年8月7-10日の3泊4日の日程で実施しました。

宮城教育大学が2019-24年度の6年間で計10回実施した研修を、2025年度から3.11メモリアルネットワークが同行程・同内容で実施しており、通算で13回目、実施主体移行後は2025年8月に続き3回目になります。

都道府県教委・政令市教委・私学担当部署を通じて周知をお願いした結果、全国から約90件の応募・問い合わせがあり、地域バランス等を勘案して公立・私立の小中高校・特別支援校・専門学校の校長、教頭、教諭、養護教諭、事務職員ら16都道府県38人(20代から60代)を選抜しました。熊本地震の発生により熊本県からの2名が直前で参加取りやめとなり、15都道府県36名の参加になりました。

視察先、研修内容は、宮教大特任教授として研修を企画運営した当法人代表理事武田真一が同行案内する形式も含めて、これまでと全く同じです。

宮城県気仙沼市、岩手県釜石市鵜住居地区、宮城県南三陸町戸倉地区、石巻市大川小震災遺構、門脇小震災遺構、仙台市荒浜小遺構など被災した学校跡などを巡り、当時の校長や生徒、遺族らから話を聴きました。総括のワークショップなどで防災教育に取り組む姿勢、学校現場の災害対応の教訓、「ともに生き抜く力」を育む教育の要点を共有しました。参加者には修了証も授与されました。

終了後のアンケートでは、参加した36人中35人が「期待以上だった」、1人が「期待通りだった」と答え、「教員人生でNo.1の学び場でした。終わりたくない研修は生まれて初めてでした」「事前事後でこれほど明らかに自分自身が変化する研修に、参加したことはありません」「多くの学びがありました。今後必ず来る南海トラフ地震に、できることから一歩一歩進んでいきます」と自由記述欄に評価が相次ぎました。
参加費は7万7000円(うち3泊分の宿泊費4万2000円、貸し切りバス代2万2000円、施設見学・講師謝礼5500円、企画案内料7500円)で、全額公費参加は9人、一部公費参加などが5人、22人が全額私費参加でしたが、36人中10人が「研修内容に照らして安い(もっと高くてもいい)」、25人が「研修内容に照らして妥当」、1人が「研修内容に照らして高い(もつと安いほうがいい)と回答しました。
311被災地視察研修は今後も年2回、8月と2月を基本に定期実施してまいります。2026年度の2回目は2月18-21日に実施します。おおむね3-4か月前に都道府県教委、政令市教委、私学担当部署を通じて周知依頼を発出します。その他希望がある方には随時案内を送ります。過去の参加者向けには、福島第一原発構内などを巡る福島被災地の視察も12月下旬に開催予定です。気軽にお問い合わせください。

 

概要

日程
参加者概要
  • 福岡県3人、岡山県1人、愛媛県2人、高知県4人、京都府2人、奈良県1人、和歌山県2人、愛知県7人、三重県1人、静岡県3人、東京都1人、千葉県3人、埼玉県4人、秋田県1人、北海道1人の計36人
  • 男性15人、女性21人(22歳から61歳)
  • 公立と私立の小中高校、特別支援学校の校長、教頭、教諭、養護教諭、教育委員会指導主事、事務職員

主な視察地と寄せられた感想(視察順、抜粋加筆整理)

【気仙沼市】波路上・杉ノ下地区の慰霊碑、気仙沼向洋高校震災遺構・伝承館

  • 指定避難先に逃げた住民ら93人が犠牲になった現場を遺族の案内で視察
  • 校舎4階まで津波に襲われた旧高校校舎の遺構を高校生時代からガイドを務める大学生の案内で視察

「三陸道が全通し、遠いイメージがあった気仙沼にとても短い時間で到着ができたこと自体に驚きと感動を覚えました。初めて杉ノ下慰霊碑を訪れ、実際にその場に立って遺族の話を聞き、指定避難先の危うさを痛感しました。向洋高校遺構では、避難先に安心するのではなく、次へ次への選択肢をいくつも想定しておくことの大切さも痛感しました。若い語り部の皆さんの存在に励まされ、未来への希望を抱くことができました」

「高校生の頃から語り部として活動することがどれだけ勇気のいることか。そして、自身の辛い経験を人に話すことがどれだけ辛いことか。若くしてそのことに向き合って、活動できるということに純粋に尊敬を覚えました」

「2人の大学生に共通していたことが、身内がまだ見つかっていないということ。目の前にそのような方がいて、言葉になりませんでした。それでも私たちに常に笑顔で話をしてくださったことが心に残っています。お話も大変わかりやすかったです」


【釜石市鵜住居地区】いのちをつなぐ未来館、旧釜石東中・鵜住居小からの避難経路

  • 避難した住民160人近くが犠牲になった旧防災センター跡地の「いのちをつなぐ未来館」と慰霊碑視察
  • 600人の児童生徒が無事に避難した避難経路を当時の中学2年生の語り部の案内で視察
  • 語り部川崎杏樹さんと1時間にわたって意見交換

「実際に避難した道を歩きながら、避難の様子を聞き、当時の人々の思いを想像できた。体験談を聞くだけでなく、追体験を行うことで、当時の様子に思いを馳せることができた。座学では見えないものを感じることができました」

「防災センターが建てられたことで、地域では訓練に参加する人が増えたのにもかかわらず、実際多くの人がセンターに避難し、多数の犠牲が出たことが印象に残ります。いのちをつなぐ未来館での語り部さんからの話は大変貴重な時間を過ごすことができ、今後も後世につないでいってほしいと感じました」

「実際の避難路を歩き、川崎さんの語りを聞きながら、当時の不安や、一人ひとりが感じていたことを想像しました。上へ登る、諦めず、その先へ先へ、そして、避難して終わりではなく、その後の避難所生活の様子もとても印象的でした」

「第2、第3の避難場所の設定、避難訓練の大切さを生徒自身が理解し、実践したことに感銘しました」

「川崎さんのお気持ちが温かく、中学生が成長したその先を感じさせてくださるものでした。避難の追体験も当時の思いも教えてくださり、学校・先生が日常で子どもたちに伝えることの重要性を感じました」


【南三陸町】旧戸倉小学校・戸倉中学校

  • 児童90人が高台に避難して無事だった小学校の判断と経路を当時の校長の案内で視察
  • 当時の校長麻生川敦さんと1時間にわたって意見交換

「初めて戸倉小の避難場所に足を運びました。麻生川先生が率直なお気持ちを話してくださり、また、そのお人柄のもとで対話し、交わしつづけられた議論があったからこそ、当日の行動に結びつかれたことが、よく伝わってきました。語り部を続けておられる先生の中の原点、その誠実さにも触れて、本当に感動し、防災面だけでなく、管理職としての姿勢や在り方を学ばせていただきました」

「麻生川先生のお話は、当時の迷いや判断の難しさ、人の心理、津波の脅威やスピードなど、鮮明に思い起こさせてくださいました。準備、平常時からの体制づくり、職員間の本気の関わり、結びつきがいかに大切かを痛感しました。究極の選択が重なる災害発生時、イメージできたことは、本当に貴重でした」

「教職間で対話することの大切さは、学校組織の中で大切なことにつながると感じました。普段から年齢、立場関係なくフラットにものが言える関係づくりを、私は大切にしたいと思います。普段現場では言いにくいことや対話をあきらめてしまうことが少なからずあります。でもだれのために、自分はどうしたいかを問いたいと思いました」


【石巻市】大川小震災遺構

  • 児童教員84人が犠牲になった学校跡地を、娘が犠牲になった元中学教師の案内で視察
  • 語り部佐藤敏郎さんと1時間半にわたって意見交換

「何度訪問して、何人もの語り部の皆さんのお話を聞いて、何回裏山に登ってみても、やはり大川小学校は痛みを覚える場所です。今回は気仙沼向洋高校や釜石で、若い語り部の皆さんの存在を知り、お話をうかがった後に訪問したせいか、「未来を拓く」未来への希望を実感することができました。私の中での大きな変化です」

「防災は希望であるということの意味を自分ごととして実感できたと思う。何のために災害に備えるのか、それは生きるためであるということを再認識できた。人は恐怖で動くのではなく希望で動くのだという佐藤先生の言葉がとても印象に残っている」

「大切な娘を失い、学校の避難方法にも、正直納得はいかないであろう佐藤さんの、同じことを繰り返させないという強い思い、熱を感じた。伝承活動の大切さ、忘れないという思いを心に刻んだ」


【石巻市】門脇小震災遺構

  • 津波火災の様子と素早く裏山への避難を果たした学校避難の過程を当時の校長の案内で視察
  • 当時の校長鈴木洋子さんと1時間にわたって意見交換

「避難のために、校舎から教壇を使って避難経路を確保した場所を見学したことが印象に残る。教頭先生が残って地域の方と一緒に避難しており、ぎりぎりの中でも生きることをあきらめない強い気持ちを感じることができました」

「津波火災の怖さ。職員や児童がどのように動けばいいかを平時から意識し、自分たちのものとしておくことで、非常時に生きること。教卓を使っての避難などの工夫。平時を大事にすることで、非常時に発揮させる力は変わると感じた。全てを校長が判断し指示するのではなく、指示が必要なポイント場面が、より明確になると思った」

「鈴木先生が、防災を実現するためには「日々の学級経営が大事」と日常レベルに落としてくださったことで、普段我々がしていることが災害時にも繋がるんだと感じました。学級担任にこうして欲しいときっぱり言ってもらい、自分の方向性が少し見えた時間になりました」


【仙台市内・河北新報社1階ホール】震災時の避難所運営

  • 石巻西高校の元校長齋藤幸男さんが避難所対応経験を元に避難所運営の要点を講話

「避難所開設については、今年度から市と学校がつながり始めたばかりです。齋藤先生のお話から、本市が考えなくてはいけないことや課題がたくさん見つかりました。そして、避難所こそ「笑顔と挨拶」ということを教えていただき、この発想はなかったです。本市は、すべての小中学校が避難所開設となります。今後は、学校職員の役割や避難所開設マニュアルの見直しを進めていきます」

「避難所での運営について、初めて話を聞くことができました。最初に避難してきた人を安心させることが大切であること、また決められた敷地内で交通整備をおこなうこと、避難所では判断と柔軟性が大切であることを学びました。マニュアルを超えた判断をすること知りました。災害弱者のことについても考える機会となりました」


【仙台市】荒浜小震災遺構

  • 地域住民も含めて320人が屋上避難し命を守った学校を当時の校長川村孝男さんの案内で視察

「何度も訪問していますが、初めて立ち寄った2012年はまだ駐車場が車などの瓦礫の山だったことを今回まざまざと思い出しました。最後の視察先だったこともあり、「諦めなければ、なんとかなる。明るい未来への希望」という思いを最後に実感して帰途につくことができました」

「今後、災害が自分の地域に起きたらどうすれば良いのかを想像しやすい内容の講話だった。話の内容の端々から、当時の人々の想いが空気の中に流れてきていて、いのちについてやっぱり強く考えさせられる内容であった」

「震災遺構を見られたこともそうですが、その後で防潮堤に立ち、深沼海水浴場から仙台湾を参加者全員で見られたことで、4日間の研修の達成感を感じさせてくれました」


【その他・バス車中などでのスタッフの案内・講話】

「実際に参加すると、想像以上に、本当によく細部まで検討され組み立てられた素晴らしい研修でした。バスの中で語ってくださる内容により、予習ができ、またイメージができて語り部の皆さんのお話がより理解できました」

「強い探究心で、さまざまな地域の被害の様子だけでなく、どの地域にも通じる社会的問題も示唆してくださり、より自分ごととして考えることができました。不謹慎ではありますが、震災を学ぶことが楽しいと思いました」

「1分1秒を惜しんで私達にできるだけたくさんの情報を届けようとしてくださり、田さんの熱意が伝わってきました。そのいただいた熱意を伝えていきたいです」


総括ワークショップの様子と事後に寄せられたリポート(一部抜粋・構成)

■小学校教諭

日々の業務の煩雑さと、保護者からの無理難題を受け止めきれず、「辛いなあ、やめたいなあ」がつきまとう「教員」という仕事。研修の4日間を経て、「それでも続けたい」という気持ちが強くなりました。この仕事に「周りの人の命を救うことができる」という希望が見えたからです。釜石・鵜住居で出会った語り部の川崎杏樹さんのように、子どもが学校や地域の防災の基盤となった事例を知りました。そんな子どもを育てることができるのも、私が教員という仕事を通して見た希望です。最終日の総括ワークショップで、被災地研修で得たことの一つに、私は「運」と書きました。どんなに手を尽くそうとも、最後に命を救ったのは幸運だと感じたからです。しかし、それを見た他県の先生は、新たに「あきらめない」と書き加えました。命が脅かされたとき、こういう先生の言葉を信じたい。先生の存在こそが希望だと感じました。4日間で見えた希望の光を見失わず、いつか自分が希望となれるように研修、実践を重ねていきます。

■中学校校長

この研修を受けるまで、「生徒の命を本気で守る、預かっている」という気持ちが、覚悟があったのか、強く反省した。限りある命を大切にすること、未来のある生徒の命を預かる教員としての在り方を改めて学ぶ機会となった。どの視察地でも、語り部の皆様からも、命の大切さを改めて強く学んだ。あの大惨事を生きた皆さんの言葉に、「今を生きる者としての責務」「当時を生きていた皆様を忘れない」そうした声にならない覚悟を感じた。
今を生きる私たち、とりわけ教員はこの東日本大震災、能登半島地震、そして直近の熊本地震等、大きな震災や先日の千葉豪雨震災等の「災間」を生きていること、命を大切にすること、家族や大切な人たちを言葉通りに大切にすること、を生徒に伝え、自分事として認識、行動させていくことが何よりも重要な「教育活動」であると考えを新たにした。学習指導、進路指導、生徒指導等、従前実施してきた教育活動ももちろん重要なことであり、その従事には職員一同誇りをもって取り組んでいる。それに加えて、「当たり前の日々、改めて考えること」が無かった、意識が低かったかも知れない「防災、命」への意識を高める研修の全行程であった。
生徒には、全てが「自分事」として戻せるように、あらゆる機会をもって伝えていく。そしてその根幹となるのは、最も身近にいる大人である教員の「本気」が肝要である。本職は生徒を、学校を守る所属長として、覚悟をもって彼らを守り抜く決意を新たにした。具体の1つとしては、夏季休業中の職員研修、学期初めの始業式での語り、避難訓練の工夫等、今までとは違う試みに挑戦する。

■中学校教諭

本当に、本当に素晴らしい研修でした。教員人生でNo.1の学び場でした。終わりたくない研修は生まれて初めてでした。一回では分からないことが多く、まだまだ知りたいことがあります。どんな形になるかは分からないけれど、また訪問したいと強く思っています。

■小学校教頭

事前事後でこれほど明らかに自分自身が変化する研修に、参加したことはありません。正直に告白すると、東日本大震災のことは、被害が甚大すぎて直視できない、遠くのできごとであってほしいと、願っていたところがあったと思います。ただ、岩手県出身の元同僚が、震災について発信していたり、防災教育や避難訓練について意見していたりする姿を見ていたので、その心境を理解してみたい気持ちもありました。もやもやした思いを抱えたまま3泊4日がスタートしたわけですが、そんな思いは初日ですでに吹き飛んでしまいました。その場に足を運び、対面してお話をうかがい、言葉を交わすことがどれだけ大切か、今は実感しています。
今回の研修に参加して、一番思うことは、防災教育、学校被災に対する備えは、これまでの延長線上にある、ということです。180度変わる必要はなくて、これまでの取組みをもう一度見直してみる、アップデートしてみる、そして、現状に満足せずにその歩みを止めない、ということだと思いました。ゴールはない、ということがよくわかりました。
一番心に残っているのは、バスの中で最後に語っていただいた「防災=人権」です。人としての尊厳を保たれながら、人は死を迎えなければならない。だから、私たちは防災教育に取組み、避難訓練を見直さなくてはならないのだ、と本研修の根っこの部分を知ることができました。「あぁ、そういうことか」と4日間見聞きしたことのすべてが腑に落ちましたし、一つに集約されました。今後は、ぶれずに防災について取り組んでいけます。

■小学校教諭

これほど「もっと続きを受けたい」と思った研修は、これまでになかったのではないだろうか。実際に被災地を見て、被災された方々の話を聞き、自分自身の目で確かめたことで、これまで報道などを通して知っていた情報が大きくつながった。これまで、被災地や被災された方々について知っているつもりでいたが、実際には報道で取り上げられた一部の情報しか知らなかったことに気付かされた。今回の視察によって、これまでばらばらだった点と点が一本の線でつながり、震災についての理解がより具体的なものになった。
被災地をバスで移動する中で目にした自然の美しさにも、心を動かされた。風にたなびく田んぼ、どこまでも続く青い海などの景色はあまりにも美しく、思わず目を見張った。しかし、その同じ土地や海を、被災された方々の中には、今も直視することができない方がいるのかもしれない。自然は、人間に感動や安らぎを与えてくれる一方で、ときに人間の力をはるかに超え、生活や命を奪う存在にもなる。その両面を忘れてはいけないと感じた。今回の研修で得たものは、単なる防災に関する知識ではなく、これから教員としてどうあるべきかを考えるための指針となった。
今回出会った被災された方々の一人一人に、それぞれ想像を絶する体験があった。その体験を風化させず、学んだことを次の世代へ伝えていくことも、今回この研修に参加した私たちの役割なのだと思う。被災地で得た学びを、学校での具体的な実践につなげる。そして、子どもたちの命を守るために、自分自身も学び続ける。今回の研修で得た気付きを一過性のものにせず、未来へつなげていきたい。まずは教職員に対して、今回の視察で見たこと、聞いたこと、感じたことを、自分の言葉で伝えていきたい。そして、マニュアルを覚えるだけの避難訓練ではなく、子どもたち自身が「今、何をすべきか」を考え、判断し、行動できる訓練へと変えていきたい。そのためには、教員自身が防災について本気で考え、本気で学び続けることが必要である。人と人との間では、「熱量」は必ず伝わるものだと私は信じていく。

■養護学校教諭

東日本大震災の被災地を実際に訪れ、語り部の方々のお話や震災遺構、復興の姿を自分の目で見た。未だ2519人の行方不明者がいて、その帰りを待ち続ける家族がいることを知り、街も今なお復興途中であり、震災を「過去の出来事」として終わらせてはいけないと強く感じた。復興には多くの時間、人々の努力、そしてお金が必要である。形あるものは人の力で再びつくることができる、という言葉が心に残った。しかし、あの日の失われた命を取り戻すことはできない。だからこそ、防災は災害が起きてから考えるのではなく、平治から「その時、自分はどうするのか」「今ないものを想像すること」が大切だと学んだ。
「指定避難場所だから安全」「マニュアルに書いてあるから正しい」と思い込むのではなく、想定外を超えて想定し、自分で考え、判断し、必要なときには「おかしい」と声を上げることの重要性を学んだ。「教員である前に、一人の人間である」という言葉も心に残った。訓練も、決められた手順を確認するだけではなく、放送が途切れる、避難経路が使えない、管理職不在、子どもが想定外の行動をするなど、さまざまな状況を想定する必要がある。また、教員だけでなく、事務職員、調理員、用務員など学校に関わるすべての人が可能な限り参加し、一人一人が判断して動けることが大切である。
更に、災害時には「平常心」を取り戻すこと、そして安心や希望をつくることも重要である。しかし人間は非常時、平常心を取り戻せない、体が動かないこともあると知った。避難所運営では、まず動線を確保し、避難した人を安心させることから始まる。高齢者、障害のある人、妊婦、乳幼児、外国人、ペットなど、一人一人の違いに目を向けた支援も必要である。そして、避難所は大人だけが運営するものではなく、子どもたちも役割を担うことで、自信や責任感につながることを事例から通して学んだ。このことは、特別支援教育にもつながっている。子ども一人一人の特性や好きなこと、安心できることを日頃から知り、「この子ならどうするだろう」と想像することが、いざというときの命を守ることにつながる。
また、「意見を言っていい」「助けを求めていい」と思える関係性を日頃から築いておくことも重要である。これは、私が大切にしている心理的安全性のある組織づくりと重なる。生徒は教員の表情や声、学校全体の空気を感じ取っている。教員自身が安心し、笑顔でいることも、子どもたちの安心につながる。防災教育は、子どもに恐怖を与えるだけではなく、希望をもって未来を考える教育でありたい。子どもたち自身が考え、判断し、行動する力を育て、「助けてもらう側」から「助ける側」へと成長できるよう、子どもたちの力を信じて関わっていきたい。

■中学校教諭

災害に備えた防災への取り組み方の中心に、自分や大切な人の命を据える必要があることが分かった。日常から非常事態への備えをし、議論を重ねておくからこそ有事の時に臨機応変な行動に移せること、正解はないが成解に向けて諦めずに希望をもって周囲とのコミュニケーションをとり知恵を出し合うことの重要さ。大川小の校歌のタイトル「未来を拓く」という言葉を、次世代にも繋げていくために、私たちは子供たちを教育する時に生き方として、横断的に防災を捉え熱を絶やしてはいけないと感じている。現状を知り、教職員・子供達・地域・保護者も巻き込んでできることをこれから先も更新し続けていきたい。


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