2月28日、第8回東日本大震災伝承シンポジウムin仙台 伝承の思いとチカラを未来へ ~東日本大震災から15年/これまで・いま・これから~」を開催いたしました。
8回目となる今回のシンポジウムでは、震災伝承活動の意義を共有し、震災から15年を迎える中で継続性の不安を抱える被災地の伝承活動に対し、参加者全員でその意義を再度捉えなおし、未来の命を守る取り組みを持続可能なものとするために取り組むべき問題を考える場となりました。
3.11メモリアルネットワーク代表理事の武田による開会あいさつに続き、 内閣府政策統括官(防災担当)付参事官(普及担当)付参事官補佐/細野 蔵 様よりご挨拶をいただきました。
細野氏は、シンポジウムの開催に祝意を表し、発災から15年にあたり犠牲となられた方々への哀悼の意と被災された皆様へのお見舞いを述べました。震災の教訓を踏まえ、地区防災計画制度の創設や防災推進国民大会、防災教育の推進などに取り組んできたことを紹介する一方で、防災意識のさらなる向上が必要であるとし、災害を自分ごととして備える重要性を強調しました。伝承の成果を次世代へ継承し、事前防災の強化につなげていくことへの期待を述べました。
第1部では、「伝承活動のこれまでの歩みを振り返る」と題して、東日本大震災発災から15年間の伝承活動を動画で振り返りました。
その後、動画にも出演した語り部の方2名にご登壇いただき、日ごろの活動や想いを伺いました。
最初に登壇いただいたのは、 一般社団法人閖上の記憶代表/丹野 祐子さん です。丹野さんは、東日本大震災で当時13歳の息子を亡くした経験を語り、「この世で一番大切なのは命」と訴えました。宮城県名取市閖上で活動を続け、遺族会を立ち上げて14人の子どもたちの名前を刻んだ慰霊碑を建立。「我が子が確かに生きていた証を残したい」との思いから「閖上の記憶」を開設し、語り部やまち歩きなどを通して伝承を重ねてきました。町は復旧し新たな暮らしが始まる一方で、「息子が帰ってこない限り我が家の復興はない」と率直な胸の内も語りました。「生きていることは当たり前ではない」「歴史は必ず繰り返す」とし、命の尊さを伝え続ける決意を述べました。
お話のあと、進行役のメモリアルネットワーク阿部から「15年という年月を、率直にどう捉えていますか」と質問された丹野さんは、「気がついたら15年経ったなというのが正直なところ」と振り返りました。活動は決して楽ではないとしつつも、「最後の一人になっても言葉を重ね続けたい」と、息子の生きた証を伝え続ける決意を語りました。
また、阪神・淡路大震災の30年を例に挙げ、発災15年は「折り返し地点」であり、「今はバトンゾーン」として次世代へ思いを託す時期だと語りました。
2人目に登壇いただいたのは、 いわぬま震災語り部の会 語り部ガイド/鈴木 心彩さん です。
鈴木さんは現在小学6年生。震災前に6地区・1,784人が暮らしていた沿岸部が津波被害を受け、集団移転跡地に「千年希望の丘」が整備された経緯を紹介しました。丘は高さ9~11mの人工丘で、①緊急時の避難場所、②津波の威力を弱め避難時間を稼ぐ減災機能、③震災の記憶を次世代へ伝える役割を担います。震災廃棄物や土砂を再生利用し、防災設備や植樹も施されています。多重防御の考えのもと整備が進められ、震災を経験していない世代が防災を伝えていく大切さを呼びかけました。
お話の後に、司会から語り部に取り組もうと思ったきっかけを尋ねられると、小学校の防災ワークショップへ参加したことが語り部を始めるきっかけだったと述べました。語り部の話に心を動かされ、自分も誰かの命を守るきっかけをつくりたいと思ったといいます。また、活動後に「心に残った」と声をかけられることが励みになっていると語り、今後は高齢者から子どもまで幅広い世代に伝わるよう、言葉の工夫に努めたいと抱負を語られました。
第2部では、「いまの取り組みを共有する」と題して、語り部の実演と報告を行っていただきました。進行はメモリアルネットワーク代表の武田です。
はじめにご登壇いただいたのは、岩手県釜石市で活動されている漁火の会/北村弘子さん、藤原マチ子さん です。(藤原さんは映像出演)
活動のきっかけは、震災当日に予定していた還暦同窓会と、宝来館の女将さんの「やってみなさい」という一言でした。被災した同級生が瓦礫の中から救い出した大漁旗を託され、それを法被に仕立てて震災を伝える活動を開始。還暦、古希、そして75歳と時を重ねる中で15年の歳月を実感し、仲間の思いとともに歌で震災を届け続けてきた歩みを語りました。
津波甚句を披露いただいたあとに、武田から何作あるのかと質問がありました。北村さんは、震災を題材にした作品を10作制作したと語り、これまで歌えなかった「釜石の防災センターの悲劇」を題材にした曲についても、15年を経て伝える決意を固めたと明かします。多くの犠牲を出した出来事の教訓を胸に、最も伝えたいのは「命てんでんこ」、すなわち各自がまず自分の命を守ることの大切さだと強調。歌を通じて心に残る形で教訓を伝え続けたいと述べました。
続いてご登壇いただいたのは、きずなFプロジェクト/紀之國七海さんと伊藤葵亜梨さん です。
きずなFプロジェクトは、宮城県七ヶ浜町で震災伝承へ取り組んだ中学校の生徒たちが、高校1年時に立ち上げた団体です。代表の紀之國さんと伊藤さんは卒業後も地域と連携しながら幼稚園や小中学校で出前授業を継続。被災地視察で自ら学びつつ、防災ダックやクイズなど体験型ゲームで楽しく防災を伝えています。さらに自作の紙芝居「みゆうとゆうみ」を上演し、小学2年生で被災した同級生の被災体験を語っています。次世代が語り手となることを願い、活動を続けています。
武田さんの質問に対し、紙芝居は共に活動する双子の姉妹の実話を基に、小さな子どもにも伝わる形にしたものだと明かしました。幼稚園や学校での反応はさまざまですが、ゲームを交えながら震災の怖さや命の大切さが少しでも心に残ることを願っていると語ります。年代の近い語り手だからこそ真剣さが伝わる実感もあるといいます。社会人となった今は高校生や大学生と役割分担しながら、活動の継続に努めていると述べました。
最後に登壇いただいたのは、原発事故を含む複合災害の教訓を伝えるNPO法人富岡町3.11を語る会/代表の青木さんと身体表現で講話をしていただいたろう者の坂内くるみさん です。
代表の青木さんは、「仕方がない」という言葉に象徴される諦めを防災からなくし、聴覚障害者を含め誰一人取り残さない情報保障を目指したいと語りました。その一環として2年前から手話による語り部育成を開始。受講生の坂内くるみさんは、幼少期よりろう者として過ごしてきました。自身の被災体験や語り部を志した思いを手話や身体全体で表現し、震災の記憶と教訓を伝えていく決意を示しました。
坂内さんは、これまでテレビや新聞で震災を知ってはいたものの、青木さんの講座で手話を通して学ぶことで、文字以上に強く実感できたと語りました。仲間と手話で意見交換することで、より深く理解できるといいます。青木さんは講座を「通訳者養成」と「ろう者自身が語る育成」の2本立てで実施し、手話も1つの言語として情報保障を広げたいと説明しました。3月8日には福島県の伝承館で手話による語りの場も予定されており、福島発の取り組みを他地域にも広げたいと呼びかけました。
進行を務めた武田さんは、岩手・宮城・福島の3県で世代や立場を超え、多様な方法と工夫によって震災伝承が続けられていることが共有できたと総括しました。今後もこうした取り組みが継続・発展していくよう支援を続けると述べ、参加者一人ひとりにも活動を広めてほしいと呼びかけました。そして関係者への感謝とともに、今後も共に頑張っていこうと締めくくりました。
第3部では、「これからを展望する」として、まず初めに兵庫県神戸市を中心に活動されているあす・パユース震災語り部隊代表/池田拓也さん から、「発災30年 阪神淡路での伝承継続について」をテーマに話題提供をいただきました。
池田さんは冒頭、「私は阪神・淡路大震災の直接の被災者ではありません」と率直に語りました。そして、「長い間、どこかで震災と向き合うことから距離を取っていた自分がいたように思います」と、ご自身の葛藤を振り返りました。
転機となったのは2011年、東日本大震災後に生徒を引率して気仙沼を訪れた経験でした。「被災地で活動を終えた生徒たちの顔が、学校では見せない表情をしていたんです。その時、学校の外にも本物の学びがあると気づかされました」と語ります。その体験が、震災と向き合い直すきっかけになったといいます。
その後立ち上げたのが、若者が体験者の声を聞き、自らの言葉で語り継ぐあす・パユース震災語り部隊です。池田さんは、「若者は“語らせてもらっている”存在です。でも同時に、若者だからこそ引き出せる語りがあるとも感じています」と話されました。また、「自分は被災していないのに語ってよいのだろうか」という迷いについても触れ、「その葛藤そのものが、伝承の大事なプロセスなのだと思います」と強調しました。
発災30年については、「30年だから終わりではありません。むしろ31年目からどう続けるかが問われているのではないでしょうか」と問いかけます。そして、「語り継ぐとは、記憶を保存することではなく、若い世代とともに記憶を耕し続けることだと思っています」と、静かに、しかし力強く語られました。
池田さんの言葉からは、被災の有無を超えて、次世代とともに震災を引き受け続けようとする覚悟と、教育者としての責任が強く伝わってきました。
池田さんの話題提供を受け、第3部後半はパネルディスカッションを展開しました。
〇登壇者:細野 蔵さん/池田 拓也さん/瀬成田 実さん(きずなFプロジェクト顧問)/神谷 未生さん(一般社団法人おらが大槌夢広場代表)/木村 紀夫さん(一般社団法人大熊未来塾代表)
〇ファシリテーター:3.11メモリアルネットワーク代表理事/武田真一
自己紹介と同時に第2部までの話を受けての感想をお話しいただいた後、池田先生の話題提供をどのように受け止めたのかを伺いました。
木村さんは、伝承の継続において「次にどうやって繋いでいくか」が大きな壁になっていると率直に語りました。そのうえで、「被災者じゃない人が語っていいのかと感じてしまうと繋げなってしまう」と指摘し、「そこはぜひ躊躇しないでほしい」と強調しました。
また、自身が神戸など他地域を訪れた経験に触れ、「外から気づくことが福島で語る厚みにも繋がった」と振り返ります。原発事故という複合的な課題を抱える福島だからこそ、「防災だけではない表現も必要で、他地域の社会課題から学ぶことが大切だ」と述べました。
神谷さんは、被災していない立場で語ることへの葛藤について、「やっぱり罪悪感みたいな言葉になる」と率直に語りました。「経験していない自分が語っていいのか」という迷いに加え、「語りは経験者がするものという暗黙の前提」が社会にあると指摘します。そのうえで、「そこに落ち着くまでに相当時間がかかった」とし、この葛藤自体が大きなハードルになっていると述べました。一方で、活動を通じ、「伝わらない世代がすぐに出てくる前提でやるしかない」と早い段階で気づけたことが転機だったと振り返りました。
瀬成田さんは池田先生の実践について、「考え方も近いな、同じだなと思いながら聞いていた」と共感を示しました。聞き取り活動やまち歩き、外部研修などについて、「自分たちもまさに同じことをやってきた」と語ります。特に中学生時代の体験について、「多感な時期に現地を訪れ、被災者から直接聞いたことが原点になっている」と述べ、「それが今の活動にもつながっている」と振り返りました。そして「池田さんの実践から学ぶことは非常に多い」とし、「これからも一緒にやっていければ」と前向きに締めくくりました。
細野さんは池田先生の話を、「非常に刺激的だった」と受け止め、とりわけ「防災教育でも防災学習でもない」と言い切った点に衝撃を受けたと語りました。「防災教育を担当する立場として、必要ないのかと思った」と述べつつも、その本質について、「高校生と社会をつなぐことを見据えた取り組みだと感じた」と評価しました。さらに、「若い世代が地域を変えていく力を持っている」とし、「顔の見える関係の中での発信が、地域全体の防災意識や行動につながっているのではないか」と述べました。
池田先生はここまでの話を受け、「効果やKPIを求めすぎると教育は潰れる」と強い言葉で問題提起しました。「何人にどんな効果があったかという指標だけでは、本質は測れない」とし、「そこに抗うことが教育の役割だ」と語ります。また語りの在り方について、「語りを聞いて君がどう思ったかを語ってほしい」と生徒に伝えていると明かしました。「誰々さんがこう言っていた、ではなく、自分の言葉で語ることが大切」と強調します。さらに、「『~だったそうです』ではなく『ありました』と言い切りなさい」と指導していることを紹介し、「言い切ることで、自分で裏付けを取り、責任を持つようになる」と説明しました。その結果、「5人いれば5人違う語りになる。それがオリジナルの語りになる」とし、「罪悪感ではなく、自分にしかできない語りが価値になる」と述べました。
その後神谷さんは、池田先生の言葉に深く共感し、「最初は『〇〇さんがこう言っていました』と語っていたが、自分でも違和感があった」と振り返りました。その後、「自分ごととして語れるようになった」とし、語りの活動が自身の価値観にも影響を与えたと語ります。特に「帰れる家があることのありがたさを実感するようになった」と述べ、「日常の当たり前に感謝できるようになったこと」が活動を続ける理由の一つだと明かしました。そして、「過去の出来事が今の自分の生き方につながっている」とし、「その“根っこ”を掘る作業はどの世代にも共通する」とまとめました。
次に、武田さんは「震災から15年が経ち、経験していない世代が高校生になる時代に入っている」と指摘しました。その結果として、「社会の関心がどうしても薄れがちになっている」と課題を提示しました。
具体的なデータとして、「民間の語り部活動の受け入れ数が2年連続で減少している」ことや、「公的な震災伝承施設の来館者も同様に減少している」と説明しました。さらに、「伝承の継続に不安を感じている割合が、民間で96%、公的施設でも74%に達している」と述べ、現場の危機感の高さを共有しました。そのうえで、「この現状をどう捉えるかは様々な考え方がある」としつつも、「現場でどう受け止められているかを聞きたい」として、細野さんに問いかけました。
細野さんは、伝承活動の減少や継続不安の高まりについて、「震災直後は関心が高く、その後数年で数字が落ちていく傾向は見てきた」と述べ、「ある意味仕方のない側面もある」としつつも、その現状を課題として受け止めました。
そのうえで、「数字の高い低いはあくまで結果」としながらも、「行政としては、それぞれの震災の教訓をしっかり伝えていくことが重要」と強調しました。具体的には、「国と自治体が連携し、地域だけでなく日本全体に向けて、被害の実態や教訓を発信していく必要がある」と述べ、「引き続き重要な課題だ」と認識を示しました。
また今後の方向性については、従来の普及啓発にとどまらず、「国民一人ひとりの行動変容を促す取り組みが必要」と説明しました。「声をかけるだけでなく、実際に防災行動につながるようにしていくべきだ」という提言を踏まえ、現在は有識者へのヒアリングを進めており、「来年度以降、具体的な施策に落とし込んでいきたい」と述べました。
さらに、国の取り組みとして、「デジタル技術の活用など新しい伝承手法の調査研究」や、「地域の防災学習で活用できる教材の作成」を進めていることを紹介し、「東日本大震災の教訓も盛り込んだ形で、現場で使えるものにしていきたい」と説明しました。最後に、「国としても後押ししていきたい」と述べ、伝承活動の継続に向けた支援の必要性と責任を改めて示しました。
進行役の武田さんは、震災遺構や伝承施設について「公的・民間を問わず、活動の寄り所になる存在」だと指摘し、「遺構の有無で若い世代の関心の持ち方が大きく変わる」と述べました。そのうえで、大熊町で遺構保存が課題となっている現状を踏まえ、木村さんに問いかけました。
木村さんは、大熊町では原発事故の影響で町が変わり続け、「震災前の姿が消えていく中で、記憶をとどめる場所が限られている」と説明しました。町内にある熊町小学校の遺構保存について、「荷物が置かれたままの教室が、原子力災害を強く実感させる」とし、「こうした場所が残らないと災害は忘れられてしまう」と危機感を示しました。
保存に向けては、「自分たちだけでは難しいが、元在校生や地域団体と連携して声を上げている」と述べ、「熊町小学校の解体が見送られたことは一つの成果」と振り返りました。一方で、「地元住民の関心が高くないことが課題」とも指摘しました。
その話を受け、細野さんは「すべての遺構を国が維持するのは難しく、限られた予算の中で優先順位をつける必要がある」と現実的な制約を説明しました。そのうえで、「自治体や地域の意欲が重要になる」とし、「まず地域の中で遺構の価値や必要性を議論することが大切」と述べました。そして、「その意義が整理され国に伝えられることで、次の支援の可能性につながる」とし、地域主体の議論の重要性を強調しました。
次の話題として、武田さんは人材育成について「担い手をどう増やし、定着させるか」が重要だと提起し、「学生による語り部活動も芽吹いている」としながら、関わりを広げるための方策を問いかけました。
瀬成田さんは、「防災教育が学校の中でまだ端に置かれている」と課題を示し、「命や人権を大切にする日常の教育こそが基盤になる」と強調しました。また、「若者同士の交流を広げること」とともに、「成長段階に応じて支える大人の存在が必要」だと述べました。
神谷さんは、人材定着の難しさとして行政の人事異動を挙げ、「関係性や積み重ねが途切れてしまう」と指摘しました。また、「公立校が現地のプログラムや研修に参加しづらい現状」に触れ、移動費などへの支援の必要性を提起しました。さらに、「震災伝承だけでは職業として成り立ちにくい」とし、「副業や柔軟な働き方が広がることも人材育成につながる」と述べました。武田さんは議論を受け、「修学旅行の動向などはチャンスとして生かしたい」と整理しました。
木村さんは震災伝承の意義について、「経験した犠牲を無駄にしないこと」と述べ、「これは希望の話でもある」と強調しました。また、「災害の背景には社会の構造的な問題がある」とし、「誰かの犠牲の上に成り立たない社会を考えるきっかけにしたい」と語りました。
神谷さんは、「生きているだけでいいというメッセージを伝える場」だとし、「震災の現場だからこそ、人の命の価値を実感できる」と述べました。瀬成田さんは、「命の尊厳を伝えることが震災伝承の本質」だと簡潔に語りました。
ここまでの話を受け、池田さんは「教えるのではなく“気づかせる”ことが大切」とし、「多くの若者に関わる機会を広げることが重要」と述べました。そして、「うまくいかないことも含めて経験であり、社会とつながるきっかけになればいい」とし、「打率は高くなくてもバットを振り続けることが必要」と語りました。
細野さんは、「災害伝承は防災教育の重要な要素」と位置づけ、「教訓を教育の中で実践的に活用していく必要がある」と述べました。そして、「すべての人が自分の命を守り、互いに助け合う力を育てるために、今後の政策の中にしっかり組み込んでいく」と締めくくりました。
最後に、ここまでのパネルディスカッションをうけて、会場の2名の方から感想と質問をいただきました。
1人目は東北大学の学生です。この学生は、県外出身で被災体験はないものの、東松島市で活動している自身の語り部活動を踏まえ、「多様な視点を得ることができ、今後の活動や次世代への継承を考えるうえで大変参考になった」と述べ、学びを今後に生かしていきたいと語りました。
2人目は、教員を目指す石巻専修大学の学生。「教職課程の中で防災教育が十分に扱われていない現状への課題意識」が示され、「学校教育と防災の担い手育成をどう考えるか」という問いが投げかけられました。
これに対し池田先生から、「学校現場は多忙で、防災が後回しになりがち」という現状がある一方で、「震災時に必要なのは学力だけでなく判断力や人とのつながり」であると指摘されました。また、「すべての教師が担う必要はなくても、防災に関心を持ち主体的に取り組む人材が核となることが重要」であり、「自ら学び行動する姿勢が周囲を動かす」という考えが示されました。
この質疑応答を含めて、この時間で全てのディスカッションが終了しました。
ファシリテーターの武田さんは、震災から15年が経ち「関心の低下への不安」がある一方で、「各地で多様な工夫を重ねながら伝承を続ける動きや、新たに関わろうとする人も確実に増えている」と前向きに評価しました。また、被災を経験した高校生が「未来の命や地域のために何かしたい」と語り部活動に踏み出した事例を紹介し、「語られていない記憶や体験はまだ多く、伝承には時間が必要だ」と強調しました。
そして、「15年は終わりではなく、まだ途中であり折り返し」と述べ、「伝承の旗を高く掲げ続ける必要がある」と訴えました。さらに震災伝承は、「事前防災の中核であり、社会全体で取り組むべきもの」だと位置づけ、「その意義を改めて共有し、未来へ引き継いでいくことが重要」と締めくくり、登壇者への感謝とともに議論を締めくくりました。
パネルディスカッションの後に、3.11メモリアルネットワーク専務理事/中川 政治より、震災伝承の現状と課題について、報告共有の時間がありました。
中川さんは、震災伝承の来訪者数が回復から再び減少傾向に転じており、「今が今後の増減を分ける重要な局面にある」と指摘しました。その中で、伝承の中核は「語り部」であり、体験や思いを伝える人材が最も重要とされる一方で、伝承団体の96%が継続に不安を抱えているという深刻な課題が示されました。さらに、活動を支える寄付も減少しており、資金面での支援も課題となっています。
一方で、語りには「行動変容や生き方の変化を生む力」があり、防災行動や価値観に影響を与えていることも明らかになってきています。
今後に向けては、「伝承の質を高めること」「団体や地域を超えた連携を広げること」が重要であり、加えて「普遍的な価値(命・生き方)」として伝えていくことで、次の世代へ継承を発展させていく必要があるとまとめました。
最後に、3.11メモリアルネットワーク理事/青木淑子さん より閉会あいさつをいただきました。
パネルディスカッションや現状報告を通じて多くの課題が示され、「先行きへの不安を感じる内容もあった」と受け止めつつも、登壇者が語った「若者の気づき」や「命・尊厳を大切にする思い」に触れ、「どんな課題があっても震災伝承は続けていくべき活動であり、続けていけるものだ」と強調しました。
また、3月11日について「節目であるかどうかに関わらず大切な日」とし、「生きていることを認め合い、共に語り継ぐ日」であると語りました。そのうえで、「15年の先、16年目、さらにその先へ向けて語り続けていく」と呼びかけ、参加者への感謝とともにシンポジウムを締めくくりました。
参加した方々からは、たくさんの貴重なご意見と感想をいただきました。
・震災を経験しない人や世代の伝承活動、伝承の多様な手法などを知ることができた。
・大熊町の方の発言。『語り部が仕事として成り立たない』は、語り部に限らず復興支援に携わる方々にとっての大きな課題。
・東北のみなさんのさまざまな取り組みを知ることができました。また、神戸の池田先生が神戸での取り組みを紹介しつつ、東北へ何度も足を運び、そこから見えてくる東北の語り部活動の今後の展望を聞くことができ非常に勉強になりました。これからの活動の参考にしたいです。
・韓国人として、東北の3.11についてより深く知ることができ、非常に意味のある訪問となりました。今後、現地に伺うことができなくても、オンラインやホームページなどを通じて遠くから応援し続け、韓国の友人や知人にも東北の物語を伝えていきたいと思っています。
語り部(かたりべ)の活動、そしてそれらの活動がより多言語で発信されれば、貴重な教訓をさらに多くの方々に届けることができるのではないでしょうか。このような貴重な機会を企画してくださり、心より感謝申し上げます。
・次世代の若者の具体的な活動内容と課題とかも知りたい。
こうした声を励みに、これからも皆さまとともに震災伝承活動の継続と発展に尽力してまいります。
ご参加いただいたみなさま、ありがとうございました。
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