宮城教育大学が2019-24年度の6年間で計10回実施した研修を、2025年度から3.11メモリアルネットワークが同行程・同内容で実施しており、通算で12回目、実施主体以降後は2025年8月に続き2回目になります。
都道府県教委・政令市教委・私学担当部署を通じて周知をお願いした結果、全国から約60件の応募・問い合わせがあり、地域バランス等を勘案して小中高校・特別支援校・専門学校の校長、教頭、教諭、養護教諭、事務職員ら21都府県38人を選抜しました。おおむね好天に恵まれ、予定通り3泊4日の日程で被災地を巡りました。
視察先、研修内容は、宮教大特任教授として研修を企画運営した当法人代表理事武田真一が同行案内する形式も含めて、これまでと全く同じです。
宮城県気仙沼市、岩手県釜石市鵜住居地区、宮城県南三陸町戸倉地区、石巻市大川小震災遺構、門脇小震災遺構、仙台市荒浜小遺構など被災した学校跡などを巡り、当時の校長や生徒、遺族らから話を聴きました。総括のワークショップなどで防災教育に取り組む姿勢、学校現場の災害対応の教訓、「ともに生き抜く力」を育む教育の要点を共有しました。参加者には修了証も授与されました。
終了後のアンケートでは、参加した38人全員が「期待以上だった」と答え、「教育に携わる人やこれからを生きる子どもたちみんなに参加してほしいと心から思う」「全国各地からさまざまな職層の方々が参加しており、大きな交流になった」「非常に濃密で人生観が変わる経験ができました」と自由記述欄に評価が相次ぎました。
参加費は宿泊費・バス代・講師謝礼等で7万6000円となり、全額公費参加は10人、一部公費参加が7人、21人が全額私費参加でしたが、回答38人中10人が「研修内容に照らして安い」、28人が「研修内容に照らして妥当」と回答しました。
311被災地視察研修は今後も年2回、8月と2月を基本に定期実施してまいります。2026年度は8月7-10日、2月18-21日に実施します。おおむね3-4か月前に都道府県教委、政令市教委、私学担当部署を通じて周知依頼を発出します。その他希望がある方には随時案内を送ります。過去の参加者向けには、福島第一原発構内などを巡る福島被災地の視察も12月下旬に開催予定です。気軽にお問い合わせください。
「安全なはずの高台で犠牲となった事実は、防災において「想定外」をどう受け止めるべきかという重い問いを突きつけています。避難先を1カ所に限定せず、「二度、三度とより高い場所へ逃げる」という動的な避難行動の必要性を浮き彫りにしていた場所でした」
「多くの爪痕が残る校舎を案内していただき、震災の凄まじさを感じることができました。津波の規模感がイメージできた場所でした。屋上から見る光景に津波の恐ろしさをイメージすることができました。また、地元の高校生が語り部をされている姿に感銘を受けました」
「語り部として案内してもらった高校生阿部桃子さんのハキハキとした語りと、体験したことやそこであったことを自分ごととして消化して発信しているように感じ、明るい未来を感じた。若い方々の伝えていく覚悟に心が震え、私自身も奮い立つ思いでした」
「鵜住居地区において、避難場所と信じられていた「防災センター」に身を寄せた多くの方々が犠牲になった一方で、自らの判断でより高い場所へと走り抜いた子供たちが命を繋いだという事実は、あまりにも重い教訓でした」
「実際の避難経路を歩き、小学校や地域の方とともに避難した様子や、数分遅れていれば津波にのみこまれていたという話から、判断の重みを強く感じました。学校で見たり聞いたり体験したりしていたことが、避難する判断につながったという言葉が印象的でした。また、海を嫌いになるのではなく、恵みを受ける大切な存在として捉え、地域に貢献したいという思いで語り部を続けている姿に心を打たれました」
「楽しい防災学習というのがとても印象的でした。「命にかかわるものだから真面目に」とおこなってきましたが,それでは子どもたちは「自分事」にできないなと強く反省をしています。震災発生時に本校の生徒が釜石東中学校の生徒たちのように自主的に動けるように,これからの防災学習や訓練のあり方を見直さなければと感じています」
「とにかく語り口が非常にリアルで印象に残った。当時の葛藤や後悔、感情の動きなどの心の内が自分の中にそのまま再現されるようで、普段悩みながらも見て見ぬふりをしてきた「教員としての自分の在り方」を無理矢理に考えさせられ、心が強く揺さぶられた」
「女性の講師を家族のもとへ帰らせた結果、命を落とされたという話から、判断の重さを強く感じました。また、「知っているだけではだめで、知見をどう行動につなげるかが大切だ」という言葉が心に残りました。高台に避難した後も孤立し、寒さと飢えの中で子どもたちや地域の方々と一晩過ごされたこと、そして正解のない状況で決断を迫られたという話から、災害時の判断の厳しさ、残酷さ、責任の重さを深く考えさせられました」
「これから管理職の道に進む自分にとって、職員とのコミュニケーションがいかに大事かを感じることができました。違和感を覚えた時、納得できない時は時間がかかっても対話を心がけていきたいと思いました」
「戸倉のことを深く知ったことで、大川小学校の不備がより強烈に突き刺さりました。戸倉小では、平時からの備えと教職員集団の関係作り、真剣に意見を交わしてきたからこそ鋭利な決断ができたのだと思いました。私は、常に先頭に立って指示するリーダーシップよりも周囲の人の意見を聞き、必要な場面で支え、信頼されるリーダーになりたいと思いました」
「遺族であり、教職員であるという立場から、学校の落ち度が誰よりも分かる立場でありながら、決して学校批判だけにとらわれず、何がそうさせたのか、だとすれば我々はどうすればいいのか、まさに「未来を拓く」志を持って私たちに語りかけていただいた。形式通りの防災訓練の危険性を痛感した。話を聴けば聴くほど、被災前の大川小は、とにかく平和で、のどかな学校だということを感じた。だからこその油断があったのかも知れないとも思った。幸せな日常が一瞬でなくなる危機感を持ちながら過ごすと誓った」
「現場に自分がいたらと想像して、震災について一番「自分事」として捉えられました。つらい思いをしたのに、あそこまで打ち明けてくださって感謝しかないです」
「佐藤さんの話を聞けば聞くほど、当時の教員方の行動に対して、疑問やモヤモヤした感情が溢れてきた。パニック下での人間心理は、現場に居合わせた人でないと、理解はできないと思う。災害が起きる前に話し合いを重ねて、合意形成を図っていくことの重要性を、痛感させられたのが、とても印象に残っています」
「津波火災の遺構は大変貴重だ。津波被害だけでも大変なことなのに、追い打ちをかけるように火災が発生して、このような困難な状況下でいかに避難行動ができるか、深く考えさせられるものだった」
「地震、津波、火事の災害に直面しながらも全員を素早く避難した流れを時系列で話をされたことが印象に残っている。また、災害は普段の基本的生活習慣が命を救う鍵なのだと学んだ。当たり前のことを(挨拶、教師の話を聞く)当たり前にできることがどんな災害にも関係していることを学んだ」
「門脇小学校の教職員が、校舎に迫る火の手から逃れるために、子どもたちを日和山へと導いた行動は、地域の大人たちをも動かしたのである。子どもたちが逃げる姿が「避難のトリガー」となり、結果として地域全体の命を救うという「連鎖」を生んだ。これは、教育が「助けられる人から、助ける人へ」という変容を促す、社会資本としての強さを証明している」
「避難所運営の様子が深く知ることができてよかった。齋藤先生が高校の先生だったこともあり、生徒の動かし方などとても学びが多かったように思った。また、本校も避難所になっているため、地震や水害などの際はあのように動かなければならないとイメージできた。遺体安置所の様子がリアルでとても印象に残っています。Web型の避難所運営についても、今までにない発想で今後参考になると思っています」
「南海トラフ地震がもし、発生したならば勤務地が避難所になる可能性が高いので、避難所運営について何を考えておかなければならないのか、避難所を立ち上げることになればどのような視点で状況をとらえ、やるべきことの優先順位をつけていくのかを知りたかったので、大変有意義な内容でした」
「災害時において地域コミュニティの「砦」として機能した極めて理想的なモデル。当時、川村校長の迅速かつ的確な判断を支えたのは、単なるマニュアルの遵守ではなく、2007年から導入されていた「屋上避難」という独自の訓練体系であった。従来の「地震発生時は校庭へ」という教育界の鉄則を覆し、津波の脅威を冷静に予見した上での方針転換が、あの日、沈黙した校内放送や停電という極限状態において、拡声器一つによる確信に満ちた避難指示を可能にした」
■中学校教諭
研修に参加する前、私は「被災地の悲惨な状況を目の当たりにし、心が重くなって帰ってくるだろう」と覚悟を持って現地へ向かった。しかし、研修を通して私の心に残ったのは、全く逆の感情であった。被災地は、人間の弱さや脆さだけでなく、人間の強さも教えてくれた。前を向いて歩み続ける人々の姿は力強く、訪れる者に勇気を与えてくれるものであることに驚かされた。
今回の研修で得たことは三つある。一つ目は、現地でしか感じ取ることのできない地形感覚や雰囲気、人々の思いを、自分の目で見て、耳で聞き、心で触れることができたことである。この経験は、どれだけ多くの本を読み、映像を見たり話を聞いたりしても、実際に足を運ばなければ得られなかったものである。二つ目は、本研修の目的であった「自分の言葉で3.11について語れるようになること」と「避難訓練へのヒントを得ること」を達成できたことである。研修中には多くの記録を書き留め、心に残った言葉や自分が感じたことを整理した。その中で、自分の視点から考えた防災教育のアイデアがいくつも生まれた。研修前は、経験したことのない出来事を語ることに抵抗があったが、今は自分の言葉で語り継ぐことにも価値があると考えている。この思いを、身近な人々に伝えていきたい。三つ目は、命を守りたいと願う「熱意」である。研修に参加する前、防災に対する意識は決して高いものではなかった。しかし、語り部の方々の「命」に対する思いに触れる中で、いつの間にか私の心にも火がついていた。この火は、人から人へと受け渡される目に見えないバトンである。このバトンを次につなげなければならないという熱意こそ、本研修で得た最も大きなものである。
■特別支援学校教諭
これまで防災については「備えているつもり」でいたが、語り部の方の体験談や現地の状況に触れ、自分の認識の甘さを痛感した。災害は突然起こり、その瞬間にどのように判断し、行動できるかが命を左右する。その現実を、重みをもって受け止めた。特に特別支援学校に勤務する立場として強く感じたのは、「一人一人の実態に応じた備え」の重要性である。障害のある子どもたちは、環境の変化に強い不安を感じたり、状況を即座に理解することが難しかったりする場合がある。非常時には、普段以上に丁寧な支援や具体的な指示が必要になる。だからこそ、日頃から繰り返し訓練を行い、見通しをもたせ、安心できる環境の中で防災行動を身に付けさせることが不可欠であると感じた。
「熱をもつこと」の大切さも心に残った。教員自身が真剣に向き合わなければ、その思いは子どもたちにも伝わらない。特別支援教育においては、教職員間の共通理解と連携も極めて重要である。緊急時に誰がどのような役割を担うのか、どの子どもにどのような配慮が必要なのかを具体的に共有しておくことが、命を守ることにつながる。今後は、今回の学びを校内で共有し、本校の実態に即した防災計画の見直しを進めたい。そして、子どもたちが可能な範囲で主体的に行動できる力を育てていきたい。震災の記憶を風化させることなく、「自分事」として捉え続ける姿勢を持ち続けることこそが、研修に参加した者の責任であると強く感じている。
■高校校長
現地での学びは、私にとって防災教育の本質を改めて問い直す時間となりました。とりわけ強く心に残ったのは、「防災教育は希望である」という言葉です。すべてが流され、多くを失った後に残るものは、自らの身体と考える力だけであるという現実。その中で未来を切り拓くのは、子どもたちの未知なる力であり、その可能性を大人が信じ、信頼することこそが教育の出発点であると痛感いたしました。
さらに、防災に「常識」はなく、状況に応じて自ら考え抜く力が何より重要であることを強く認識いたしました。校長として、本研修で得た学びを自校の防災教育に生かし、生徒一人ひとりの考える力と主体性を育む実践へと時間がかかったとしても確実につなげてまいりたいと考えております。震災の教訓を未来への希望へと転化することこそ、教育に携わる者の責務であると改めて心に刻みました。
■中学教諭
視察の終着点である仙台駅に向かうバスの車中で、私は改めて自分の役割を噛み締めていた。社会科という学問は、単に過去の事実を暗記させるためのものではない。事実の背後にある「人間」の営み、葛藤、決断を見つめ、それを自らの人生の糧とするための学問である。15年前の痛みを自らの内側で問い続け、それを生徒たちの「明日を生きる力」に変えていくこと。それは、かつて画面越しに立ち上がる人々を見た私が、今の自分に課した最小限の責務である。
一人の教員にできることは、広大な歴史の集積や、被災地が抱える巨大な課題の前では微々たるものに過ぎないかもしれない。しかし、絶望と希望、過去と未来、そして個人の記憶と社会の知恵を繋ぐ確かな「結び目」として、私は今日も教壇に立ち続けたい。そして「今は大きな災害の後だが、同時に、次の大きな災害の前でもある」。この痛烈な事実を、私たちは絶望としてではなく、新たな知恵を育むための「準備期間」として捉え直すべきである。生徒たちが、どのような困難に直面しても、自らの尊厳を守り抜き、他者のために手を差し伸べられる人間として成長していくこと。その先に、まだ見ぬ誰かの命を救う知恵が宿ることを信じている。 震災という巨大な犠牲から得た教訓を、血の通った知恵として次代へ繋ぎ続けること。それは私の魂が刻んだ、生涯の教師としての使命である。この歩みを止めることなく、私はこれからも子どもたちと共に未来という大地を拓き続けていきたい。
■中学養護教諭
自分の足で現地に立ち、目で見て心で感じた4日間は私の人生において一言では言い表せないくらい充実感であふれたかけがえのない時間となった。そして、訓練への目的意識の甘さを痛感した。今の私には子どもたちを守れない、そう思った。本番に予告はなく、失敗したら死ぬ。頭ではわかっていたつもりだったが、どこか他人事のように過ごしてきたことを反省した。また、毎日あいさつを交わし、体や心の痛みと向き合い、一緒に学校生活をともにしているのは、他でもない誰かの大切な、大切な「命」そのものであるという覚悟と責任が強くなった。
自校の避難訓練は、訓練のための訓練になっていないか、様々な状況を想定した備えができているか。学校全体でマニュアルや計画を見直し、真剣に議論できる教職員の空気感をつくるべく、今回の研修で得たことを血の通った教訓として伝えていくところからがスタートラインである。そして、命を救うのは特別なことではなく、日頃の授業、ルールの遵守、子ども・教職員・地域との信頼関係づくりなど日常の中にあることも学ぶことができた。何もない日常の中で、いかに準備ができるかが災害時の判断・行動を左右することを心にとどめたい。避難の仕方や避難所運営のあり方など養護教諭としてできることを考え、いつか必ずやってくる災害をハッピーエンドで喜び合うために、仲間とともに模索し続けていく。
私たちの理念である「災害で命が失われない社会を目指す」に共感し、
全国で1,000人を超える方々が広域伝承連携メンバーとして参加しています。
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